Prologue

2025年4月、大阪の海に新しい太陽が昇った。

大阪・関西万博の中でもひときわ美しく光輝く存在。
オランダ王国のパビリオン「A New Dawn―新たな幕開け」だ。

建設にあたったのは淺沼組である。

循環型の建設を推し進める淺沼組は
人びとの幸せと持続可能な社会をめざすオランダ王国のビジョン、
パビリオンのコンセプトに感銘を受けた。

誰も見たこともなければ、つくったこともない
「次世代への太陽」をオランダ王国と共に築き上げる。
強い想いの一方、そこには数え切れないほどの難関が待ち受けていた。

オランダとの約束を果たすためにも、日本の国家プロジェクトとしても、
1日たりとも遅れることなく、完璧なパビリオンを完成させる。

淺沼組はいかにして、「A New Dawn―新たな幕開け」を迎えることができたのか。
ここから始まるのは、建設会社の誇りと使命のもと、難関に挑戦した物語である。

News

About Pavilion

オランダパビリオン
「 A New Dawn―新たな幕開け」

テーマは「Common Groundコモングラウンド(共創の礎)」。コモングラウンドとは、オランダの歴史、文化、そして共同で働く方法のこと。パビリオンは、新しいアイデアを発見し、協力関係を強化し、エネルギーを分かち合い、共にイノベーションを実現することができるオープンな出会いの場とする。循環型パビリオンとして全体を再度組み立てることが可能。

エネルギー転換における革新

パビリオンに浮かぶ球体は「man made sun -次世代への太陽」。水も重要な要素であり、建物の正面と屋根のデザインに反映されている。球体内ではエネルギー転換における革新を大パノラマで体験できる。

Real story

大阪・関西万博 オランダパビリオン建設
挑戦の数が未来を創る
「チーム淺沼組」の軌跡

登場人物

山下 哲一
NORIKAZU YAMASHITA

コモングラウンド
オランダパビリオン新築工事 所長

沖田 稔
MINORU OKITA

大阪本店 コスト管理室 室長

兼岡 大介
DAISUKE KANEOKA

大阪本店 設計部
構造グループ グループリーダー

樽谷 将司
MASAJI TARUTANI

大阪本店 設計部
設計第1グループ

Mission 01 球体 オランダの理想を
現実にするために

01 道しるべは一枚のパース図 道しるべは
一枚のパース図

 2022年9月、淺沼組に一通のメールが届いた。「オランダパビリオン建設チームのコンペに参加しないか」。在阪企業として大阪・関西万博に是が非でも参画したいと動き出した時だった。淺沼組は、55年前の1970年、今回と同じく大阪で開催された日本万国博覧会でメディアセンターとラオス館、カンボジア館などを施工。この2つのパビリオンは現存しており、資源を有効活用する大阪・関西万博のコンセプトにもマッチしている。さらには、淺沼組が近年掲げている「循環型の建設」の象徴である名古屋支店も評価されている。「歴史と実績があり、環境に配慮した建設が実現できるゼネコン」と信じてのアプローチだった。

 コンペの結果、パビリオンをデザインしたオランダの建築家トーマス・ラウが主宰する建築事務所『RAU』、同じくオランダの体験型デザインスタジオ『Tellart』とエンジニアリング・コンサルタント会社『DGMR』、そして『淺沼組』という日蘭の企業で構成されるコンソーシアム『A New Dawn BV』が建設を担うことになった。

 そうして届いたのはオランダパビリオンのパース図だった。波模様を描く建物の中心に浮かぶ光輝く球体。実際の建物にするための設計図作成とコスト算出が淺沼組の最初の役割だ。託されたコスト管理室長の沖田 稔は美しいデザインに目を奪われると同時に、今までにない設計施工になることを読み取った。沖田を筆頭にプロジェクトメンバーはミッションを開始。沖田は練り上げたプランと翻訳機を手にオランダとの協議に挑んだ。

Column 建築家トーマス・ラウの哲学 MORE CLOSE

トーマス・ラウ。1960年生まれ。建築家。1992年に建築事務所「RAU」を設立。資源の循環利用と価値の最大化を図る「サーキュラーエコノミー(循環経済)」をめざし、環境に配慮した建築設計、デザインを追求。今回のパビリオンのコンセプトやデザインでもその哲学が取り入れられている。エネルギーポジティブ(必要なエネルギー消費を最小限に抑え、クリーンエネルギーの生産を最大限に増やす)な建築を手がけて受賞も多数。建築資材などの一つひとつにIDを付与し、情報プラットフォーム「Madaster(マダスター)」に登録・運用される「マテリアル・パスポート」も考案。循環型建築のパイオニアとして世界から注目されている。

02 時間との勝負数字こそが説得力 時間との勝負
数字こそが説得力

 オランダは建物も球体も木でつくる。建物を囲う波はダンボール素材を使うなどを望んでいた。「実現は容易ではない」。現場32年、コスト管理12年という沖田の知見、そしてメンバーの分析による淺沼組の回答だった。木造は莫大な費用と時間を要す。紙の屋外装飾は雨が多い日本ではひとたまりもない。しかも日本の建築基準法や消防法は世界屈指の厳しさ。中でも開催地である大阪市は建築物に独自の厳格な基準を設けており、万博協会の施工ルールもクリアしなければならない。

1つ1つの部材に番号を付けて管理

 また、サーキュラリティ(循環性)を重要視しているオランダの計画に基づき、閉幕後にパビリオンを解体し、別の場所で再建できるような設計施工も必要だ。部材の切断などを余儀なくされる溶接を極力減らし、取り外し可能なビスやボルトを多用するため施工に時間がかかる。加えて、オランダパビリオンをデザインした建築家トーマス・ラウは部材の再活用を図るための「マテリアル・パスポート」の提唱者。今回も全部材にナンバリングを求めた。日本ではあまりない解体・移築を大前提とした新築工事。予算オーバーや工期の遅れは許されない。しかし沖田にとって万博に携わるのは最初で最後のチャンス。オランダの理想を共に追求したい。コスト管理室、設計部のメンバーは熟考、検討を重ね、木造を鉄骨造に変更するなど実施設計を急いだ。

 前例のない設計施工。建設現場の所長は施工経験とアイデア豊富な山下哲一しかない。沖田は考えていた。山下は驚いたが、1970年の万博に訪れたと楽しそうに話す家族の顔を思い出した。1歳だった山下は覚えていないが、当時の自分と同じ1歳になる孫に誇れる、残せる仕事になるのではないか。沖田の思いも意気に感じた山下は早々に着工に向けた準備を進めていった。

 建設の許可申請や着工のタイムリミットが迫ることから、細部の意匠の施工方法は工事を進めながら決めていくものの、緻密な構造設計とコストの提示にオランダはGOサイン。2024年3月、パビリオン建設が始まった。

部材の所々にQRコードが……
パビリオンを巡っている時に部材再活用の取り組みを楽しく理解してもらおうと山下が考えたアイデア。手持ちのスマホをかざすと、その部材が使われている箇所の設計図が出てくる。

Movie

Mission 02 基礎工事 夢洲という
特殊環境での建設

01 沈下防止の救世主は あの軽量素材 沈下防止の救世主は
あの軽量素材

 大阪・関西万博の会場「夢洲(ゆめしま)」は大阪湾に埋め立てた人工島である。建設現場を訪れた沖田は唖然とした。何もないのは承知していたが、目の前にあるのはとてつもなく広い更地と大きな水たまり。電気も水道も通っておらず、発電機や給水車の手配の必要もある。大阪・関西万博のシンボルである「大屋根リング」の中でパビリオンがほぼ一斉に工事を始めるため、部材の搬入経路や駐車スペースの確保にも奔走する。山下はこの状況下で工事にあたる職人の体調を危惧。真っ先に休憩所を整えた。

 夢洲の問題はこれだけでなかった。埋め立て地ゆえの軟弱な地盤。建物を支える土台となる「基礎」部分の致命傷になりかねない。通常は地中の硬い地盤部分に杭を何本も打って建物を支える基礎を構築するのだが、埋立地深くの硬い部分まで杭を打つことはコストも時間もかかる上、解体時に必要な撤去も相当の作業が必要なため断念。かといって、基礎の大部分をコンクリートで構築すると重みで地盤や建物が沈み込む恐れがある。

 地盤が軟弱な夢洲に重いパビリオンを建てるには特別な対策が不可欠だ。設計部では強くて軽い基礎工法の検討がなされていた。その中で、同部の建築の構造設計グループリーダー・兼岡大介は、淺沼組の土木事業を行う部門のメンバーから以前に聞いた、ある工法に目を付けた。基礎工事が困難な土木現場で多く用いられる「EPS工法」だ。使う部材は強い基礎の構築からは到底想像できない、軽い発泡スチロール。基礎部分に設置することで荷重は小さいのに、高い支持力を発揮するのだ。
 構造計算すると、パビリオン建設のために必要な土の掘削量は約1,950トン。建物重量とコンクリートの代わりに発泡スチロールで構築する基礎部分の重量を合わせて約1,450トン。十分な軽量化が叶う。「これなら地盤やパビリオンの沈み込みを防げる」。兼岡は決断した。

【 EPS工法イメージ図 】

02 水との闘いを制し大量のブロック設置を完了 水との闘いを制し
大量のブロック設置を完了

 現場では兼岡の構造計算のもと、所長の山下が基礎工事に着手した。まずパビリオンの基礎部分の土を掘削。掘り下げられた凹みに山下たちは、1メートル×2メートル×50センチの発泡スチロールのブロックを1個1個敷き詰めていく。すき間なく敷き詰めるために、ブロックを細長くカットするなどが必要だったが、発泡スチロールは軽くて加工もしやすいので工程は順調に進んでいった。

 ところが季節は梅雨を迎えた途端、夢洲の軟弱地盤の救世主である発泡スチロールが施工の難敵に豹変したのだ。「諸刃の剣とでも言うのだろうか」と山下。軽さゆえに雨水が溜まるとブロックが浮いてきてしまうのだ。溜まった雨水は抜くしかない。発電機を回してポンプをつなぎ排水し、浮いたブロックを調整する。梅雨特有の蒸し暑さの中で地道な作業が続く。山下も現場のメンバーも昼夜問わず天気予報を確認。まさに水との闘いだった。

発砲スチロールが雨水に浮かないよう、
コンクリートを打設
雨が降るたびにポンプで排水

 梅雨の合間の晴天。これも難敵だった。真っ白なブロックに陽差しが反射して、目を開けていられないのだ。職人は専用のサングラスを装着して作業。「映画のスターのようにカッコいいぞ」。山下の言葉に士気が高まった。山下のアイデアで浮き防止のために薄く構築したコンクリート層を挟んで下に3段、上に2段の5層、約2,000個ものブロックの設置を想定よりも早く完了。何もなかった人工島に現れた真っ白な雪原のようだった。兼岡の計算通り、夢洲でもオランダパビリオンを沈み込ませない基礎が固まった。

Column 掘削土も有効活用〜土間左官工法 MORE CLOSE

「循環型の建設」を推進する淺沼組は、基礎部分に用いた発泡スチロールのリサイクルに加えて、夢洲の地盤工事の際に掘削した土も無駄にしなかった。左官材として再利用し、オランダパビリオンのエントランスの床仕上げ材として使ったのだ。左官とは土や粘土、モルタルなどで建物の壁などを塗る技術。日本の伝統建築にもよく用いられている。この「土間左官工法」は古くからある「土間」を左官の技術により現代の建築物に取り入れる淺沼組独自の技術。左官職人が手作業で丁寧に仕上げるので、表面が美しく、どこか温かみを感じさせるのが魅力だ。オランダ側に土間左官工法による掘削土の再活用を提案したところ、循環型コンセプトにマッチしていると評価され、採用が決定した。新時代の到来を実感させる大阪・関西万博に伝統の左官の技が融合。目立つ箇所ではないが、持続可能な未来をめざすオランダと淺沼組の想いを静かに表している。

Movie

Mission 03 球体 難関の連続。
光輝く巨大な完全球体

01 「真円」が至上命令選んだ工法は「三角」 「真円」が至上命令
選んだ工法は「三角」

 オランダパビリオンの象徴「次世代への太陽」。直径約10.6メートルもの大きさ。しかもそれが建物の真ん中に浮いている、さらには人が中に入場できるのだ。圧倒的な迫力と神秘性に誰もが驚き、魅了されるだろう。

 そんな球体の設計前、パース図を何度も見返しながら、沖田と兼岡は施工方法を思案した。求められたのは前代未聞の仕様。「パーフェクトスフィア(完全な球体)」「建物中央部に浮いているように設置する」「球体への入場を可能とする」「昼も夜も美しく光輝かせる」。すべてが容易ではなかった。

 球体建築物の多くはアーチ型の部材で施工される。だが、今回は選択できない。部材の長さも重量も相当で、浮かすことが困難になる。最善策は何か。辿り着いたのが、部材を三角形に組んで立体を構築する「システムトラス構造」だ。アーチ型と違って、部材は三角形の一辺の長さと重さとなるので、軽量化と大型化が可能。1本1本つないでいけば球体となる施工のしやすさに加え、運搬や解体もしやすいフレキシブルさが採用の理由だった。
 現場では職人たちがコツコツと部材を組み上げ、直線の三角形によって「球体」を築いた。

 クリアする課題はまだまだある。まずは球体の外観だ。兼岡たち設計部はテント膜を貼ることを提案したが、トラスの凸凹が浮き出る、見た目がビーチボールのようだと別案を検討。「球体表面はできるだけなめらかにしたい」というオランダ側の要望に応えるため、ドーム球場のように風を送って空気圧を高める空気膜構造も検討したが、これは装置の設置や申請にコストと時間がかかってしまう。そんな時、同時進行していたオランダパビリオンの外観の部材に採用されたFRP(繊維強化プラスチック)を見て、山下がひらめいた。「軽量で適度な厚みがあるので、これなら骨組みを隠せる」。FRPを球体建築物に取り付けることは、かつてない試みだったが、職人たちは166枚もの丸みを持たせた三角形のFRPパネルの取り付けに挑んだ。ついになめらかで艶やかな完全球体が姿を現した。

Column 直径10.6メートルの必然
〜あの建築物と同じ
MORE CLOSE

オランダパビリオンの象徴「次世代への太陽」。球体の大きさは直径約10.6メートル。実は、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会のシンボルである、芸術家・岡本太郎が作った「太陽の塔」頂部に飾られた「黄金の顔」と同じ大きさなのだ。金色に輝き、未来を象徴することは「次世代への太陽」のコンセプトと近く、日本万国博覧会開催時は大屋根を貫いていたことも似ている。建築家トーマス・ラウをはじめ、オランダは大阪、万博、太陽という共通点から、あえて10.6メートルに設定したようだ。また、オランダと日本は江戸時代からのつながり。新しい試みの場となった出島が、夢洲と同じ人工島であることも不思議な縁を感じる。

02 浮かせて魅せる「海から昇る太陽」 浮かせて魅せる
「海から昇る太陽」

 球体は次世代の「日の出」も表現している。そのために水平線から太陽が昇るように建物に浮かす必要があったのだ。しかも球体内への入場を可能としなければならない。当初、入場定員は10名だったが、30名に増えたこともあり、兼岡たちは強度を重視。館内にできる限り目立たせないように柱を立てて支える、球体内の床や出入り口のブリッジを兼ねた鉄骨を横差しして支えるなどを提案する。オランダ側も強度の重要性は理解しているが、やはりデザインを大切にしたいと意匠に影響を及ぼしかねないこれらの案には「NO」と答えた。

 淺沼組の使命として安全な建築物のための強度は絶対に譲れない。兼岡は構造のエキスパートとして、チームのメンバーと「強度と意匠の両立」を検討。建物自体の構造を利用する方法を考案した。球体は、現場では北半球と呼んでいる上半分が建物の屋根から外に、南半球と呼んでいる下半分は館内の天井から下に突き出している。そこで、館内天井内の梁に8ヵ所の接合点を設置し、球体を上下(南北)に分ける「赤道」とつなげることで、球体を支え持ち上げる。支持部分は天井に隠れるので、強度を確保しながら意匠は損なわない。さらに球体への入場に耐えるために、内部の床と出入り口、2階スペースのフロアを一体化させる鉄骨のブリッジで支持するよう設計した。
 支えを別にして重量を分散させるアイデア。オランダの答えはもちろん「YES」だった。

【 球体を支える構造イメージ図 】

鏡面に映る南半球

 球体には、もうひとつ、浮いているように見せる仕掛けがある。屋根と、南半球を囲む天井と側面をステンレス張りにしたことである。大阪・関西万博のシンボルである「大屋根リング」から見下ろすと空と北半球が、球体内へ続くスロープなど館内のさまざまな場所から見ると南半球が映り込んで、まんまるの太陽が浮かび上がる姿も必見である。

03 光る球体へのひらめきハンドメイドの結晶 光る球体へのひらめき
ハンドメイドの結晶

 「どうやって光らせるのか」。オランダパビリオン建設において最大の難関がここにあるとは。山下は沖田と話し合いを重ね、プロジェクトチーム一同、オランダ側と光と色味を協議する席に何度も着いた。
 球体を光輝かせる方法として、淺沼組はトラスの上に取り付けたFRPパネルに蓄光塗料を塗ることを提案したが、昼間の美しさが保てない。オランダからは通電発光する「ルミロール」という新塗料を塗布したシートの貼り付けを提案されたが、コストや夢洲での電力確保が懸念される。方法は暗礁に乗り上げた。
 「アナログだが、昼も夜も十分な光源を得るには球体に直接電球を取り付けるのが最善だ」。山下はトラス上のFRPパネルにLEDを設置することを決断する。取り付けるLED球の数は421,938個。巨大な球体がくまなく光るよう、LED球の位置や配線を緻密に計算し、職人が高所での複雑な作業に力を尽くした。

 このLEDの設置はもちろんだが、オランダパビリオンの実施設計と施工のすべてが淺沼組の創意工夫、職人たちの手作業と根気の結晶なのだ。

 設置したLEDを点灯すれば終わりではない。むき出しのLEDの配線を隠すために、外側にもう1層半透明のFRPパネルを設置。その上に、LED球の透過を防ぐフィルムと、色がついたフィルムを2層重ね貼りしてから、全面を塗装。さらに球体を均一に光らせるために塗装を重ねたのだが、外光が当たる部分は陽差しに負けないよう厚めに、外光が当たりにくい部分はLEDの光を活かすよう薄めにと、重ね方や塗り方を細かくコントロール。これにより球体そのものが発光しているかのような輝きを実現。昼間は幻想的に、夜間は神々しく、一つの球体で二つの表情も叶えた。

【 球体断面イメージ図 】

FRPパネル設置に使う透明のボルトとナットは山下が「自分の名前を付けたい」と言うほど創意工夫したオリジナル品。LEDを点灯した時、球体に影が映り込まず、しかもボルトにわずか4ミリの凸部を設けたことで施工の効率化が図れる優れもの。

光り方・色味の検証
色シートの検討

 しかし肝心の色味が決まらない。さまざまな色のフィルムを貼ったFRPパネルのモックアップ(模型)を何枚もつくり、光り方や色の映え方を実験するプロジェクトメンバーたち。球体の一部を使い、昼間・夜間の光り方の実証も重ねた。ただ、人によって色の見え方や感じ方が異なり、微妙なニュアンスを表現するのが難しい。しかも、オランダのメンバーは本国にいるので、オンライン越しや提出した画像でのチェックとなり、実際の色味と差異が生じるのだ。

 数え切れないほどの実験・検証の結果、全員がこれでいこうと決まったのが昼も夜も光輝く色味だった。
 「次世代への太陽」はこの日を待ちわびていたように一段と美しい輝きを放った。

Movie

Mission 04 波型ファザード 強さとしなやかさの
最終関門

01 ひたむきに、ひたすらにカタチのない波をカタチに ひたむきに、ひたすらに
カタチのない波をカタチに

 オランダパビリオンのもうひとつの象徴が波型ファサードだ。部材は板状にしたFRP(繊維強化プラスチック)。波型ファサードがとりつけられている三面の長さ約59メートル、高さ約8メートルの巨大な壁面をさまざまなカタチで流れる波は圧巻だ。ただ、約59メートルもあるので1本の長い部材でできているのではない。約130センチから160センチの短い波の部材をつないで構築されているのだ。

 この波型ファサードの実施設計を任されたのは設計部に配属されて2年目という若手の樽谷将司だ。樽谷はオランダ側から提示された波のデザイン画を参考に、短い波のカタチの設計に取り掛かる。コストと施工の兼ね合いから、必要最小限の種類で多様な長い波を表現しなければならない。パソコン上の図面で波のカタチを模索する日々。そして、短い波のカタチを7種類に絞り込んだ。
 FRPは左右反転しても使えるという利点がある。そのため6種類の曲線の波と1種類の直線の波の計7種類を、表面と裏面を組み合わせて全体の波を作る。しかし、ここからも試練が待っていた。短い波をどうつないでいくか。樽谷は7種類の短い波を色分けして試行錯誤。パビリオンの正面に加えて、左右の側面にも波が流れるように、総数1,493本もの短い波をデザイン画に合わせてジグソーパズルのように組み込んでいく。気の遠くなる作業が続いた。

 ようやくできた長い波を建物の3次元モデルでオランダ側に提案。しかし、大波のうねり、そよぐ凪のニュアンスをもっと表現したいと、何度も組み替えを求められた。それでもパソコン上の図面に向かい、黙々と作業する。20代の自分は過去に大阪で開催された万博のことは知らない。だからこそ、巡ってきたこの機会に力を発揮したい想いが樽谷を突き動かしていた。

【 基本の7パターン 】

【 波型ファサード組み合わせ例 】

02 留め具も継ぎ目も見せず 不規則なのに規則正しく 留め具も継ぎ目も見せず
不規則なのに規則正しく

 当初、波型ファサードは、オランダ側よりダンボールやルーバーと呼ばれる細長い板で壁を覆う案や、水道管などの廃材を使う斬新な案もあったが、日本の法令や気候などの条件をクリアできないため、選ばれたのがFRP(繊維強化プラスチック)である。
 地元開催の万博なのでぜひ協力したい。コスト管理室長の沖田が知る協力会社の想いがきっかけだった。この会社はFRPを使って、大阪にある世界的有名ブランドの直営店のファサードを手がけた実績があった。沖田から話を聞いた山下はFRPは軽くて強くファサードに適していると太鼓判を押す。

 ただ、このFRP、型に入れて、繊維を混ぜたプラスチックを手作業で塗り固めて製造するため、厚みにバラつきがある。樽谷が組み合わせた図面通りに短い波をつないでいく際、継ぎ目がピタッと合わない場合もある。そのため、現場では継ぎ目を削るなどして不自然さが出ないようにひと手間もふた手間もかけた。「大きなプラモデルを組み立ているようだ」と山下。波を壁面に設置する際の留め具もこだわった。正面から見た時に目立ちにくくするために考えたオリジナル品だ。

 工事はいよいよ最終局面。ファサードの出入り口の取り付けだ。ここは波が大きくうねることで開口しているが、現場でつなぐことが難しい。そこで、ユニットと呼ばれる型枠に必要な波型を組み込んで加工。現場では窓のサッシのようにはめ込んだ。これも工期の効率化を図りつつ、意匠を損なわないための現場の工夫である。そして、樽谷が試行錯誤した波はオランダの描いたイメージ通り、しなやかに波打ち始めた。

 オランダパビリオンは上品で洗練されている。だから細部まで、最後まで、一切妥協しない。オランダも、淺沼組も、誰もが同じ想いだった。

Movie

完成 共に新しい幕開けを

 オランダパビリオンがついに完成した。工事期間385日。「真っ先に見せたいのは1歳の孫」と笑顔の山下。一方で「海外から部材が届かないなどもあり、開催日に間に合わないかもしれないという焦りで眠れない日もあった」と正直に打ち明けた。このプロジェクトのプロデューサー的存在の沖田も同じだった。それほどまでプレッシャーのかかる仕事をなぜやり遂げることができたのか。施工部門、設計部門、それだけではなくその他多数の部署、大勢の人がつねに連携し、どんなミッションも共に考え、解決してきた「チームワークのおかげだ」と山下と沖田。二人だけでなく、携わった誰もが「チーム淺沼組」のおかげで乗り切れたと口にした。

 アットホームで同じ仕事をするなら仲間と笑顔で。建設に対しては一切の妥協を許さない。そんな淺沼組の風土はオランダのメンバーにも通じた。国や文化、感覚が異なり、時には協議がエキサイトすることもあったが、良いものをつくりたい想いは同じ。完成を心から喜び合うことができた。

 この建設中、どんなに大変な作業であっても「オランダ王国のために、来場者のために」という想いを淺沼組は決して忘れていなかった。かつてない魅力の数々をぜひ会場で体感してほしい。

Epilogue

誰かに誇れる、
未来につながる挑戦を

約3年に及ぶオランダパビリオン建設のミッションをクリアした淺沼組。

コーポレート・スローガン「誇れる歴史がある 創りたい未来がある」を
まさに実践したことになった。

築き上げた「次世代への太陽」は次の場所、次の時代にも輝き続けるだろう。

大阪・関西万博で得たものは、淺沼組のレガシーとして受け継がれていく。

建物にも、人にも、真摯に向き合い、情熱を注ぎ、
目標や理想を超えていく。

淺沼組はこれからも挑戦していく。